『緑の歌 -収集群風-』は19~23歳頃の経験をもとにした作品。台湾の漫画家、高 妍さんが語る制作秘話

2022年5月25日に発売された『緑の歌 -収集群風-』(KADOKAWA刊)の台湾の漫画家 高 妍さんに制作秘話をお聞きしました。

株式会社KADOKAWAより、担当編集の清水さんにもインタビューにご参加いただいています。

インタビュワーは、台南在住の佐藤あさえさんです。

↓高 妍さん(下記画像は高 妍さんのTwitterより)

高 妍(Gao Yan)さん
高 妍(Gao Yan)
イラストレーターとしても数多くの作品を手掛ける
(InstagramTwitter)
佐藤あさえさん1
佐藤あさえ
台湾の国立成功大学を卒業。現在は台南に在住し、インフルエンサーとして活動中。台南観光大使を目標にしている
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『緑の歌 -収集群風-』をまだ読んでいない人へ

作品の舞台になっているのは、台湾と日本です。

主人公の台湾人女性、緑(リュ)は、台北の大学に通うために生まれ故郷である海辺の街を離れます。日本でいう上京といったところでしょうか。

台北での大学生生活をスタートさせた緑は、年上男性、南峻(ナンジュン)に出会います。南峻は日台ハーフのバンドマンで、日本の文化にも詳しい人でした。緑は南峻に憧れ、彼が読んでいた日本の小説や聴いていた音楽に影響を受けます。

物語は緑と南峻、それからふたりが影響を受けた村上春樹の小説、『海辺のカフカ』やはっぴいえんどの楽曲『風をあつめて』を中心に展開。台湾と日本の繋がりが感じられる作品です。物語に登場する台湾の場所は実在しています。漫画を読み進めていくと、本当に台湾を旅行しているかのような気分を味わうことができるんです。

そう思わせられるのは、作者の高 妍さんの仕事の細かさがあればこそ。

イラストレーターとしても活動する高 妍さんが描く台湾の街並みは、リアリティーにあふれています。バイクがいきかう道路、路線バスの車内、台北MRTの改札や構内、びっしりと立ち並んだ店や家、サイクリングロード、道端にいる全身真っ黒の野良犬たち。

台湾にいったことがある方なら、いちどは見かけたことのある光景が繊細なタッチで描かれています。漫画のカットをみただけで、「ああ、この場所か」とわかるくらいリアリティーが高いです。

『緑の歌 -収集群風-』は漫画ですが、小説のようでもあり、ガイドブックでもあります。漫画として読むだけではなく、台湾旅行のお供にも是非持っていって欲しいです。

作者の高 妍さんが、2年の歳月をかけて完成させた『緑の歌 -収集群風-』

込めた思いや制作秘話などなど、たくさん伺いました。

『緑の歌 -収集群風-』は自分の19~23歳頃の経験をもとにした作品

――台南でインフルエンサーとして活動している佐藤あさえと申します。本日はインタビューよろしくお願いいたします。まず『緑の歌 -収集群風-』に込めた思いについて教えてください

高 妍さん:『緑の歌-収集群風-』はわたしの19~23歳の間に経験した出来事に基づいた漫画です。自身の過去を日記のように描く、私小説のような作品になっています。

今の自分からみれば、5年前に経験したことや当時のことは、今思えば「未熟だった」といういい方もできるかもしれません。忘れたくはないけど忘れてしまう、若いときの経験や思いを作品を通して読者に届けたいです。未熟だけど誠実でまっすぐで、頑張っていた当時の自分は、かっこよくて可愛らしいと思っています。

「はじめて飛行機に乗って外国にいくときの、ドキドキする感じ。」

「はじめて誰かを好きになって、その人のことをもっと詳しく知りたいと思う気持ち。」

「好きな人が好きな本を読んだり、好きな音楽を聴いたりしているときの気持ち。」

「好きな人との関係がうまくいかず、失恋したり、喪失感を抱いたり。」

どれも、この作品を通して残したい感情です。こういった感情は人それぞれに違いはありますが、若いころに抱く繊細な感情はみんな同じではないかと思っています。

思い出はどんなに大切にしていても、やがて忘れてしまうかもしれません。たとえ忘れてしまったとしても、それはわたしたちが成長し続ける証でもあると思います。

『緑の歌-収集群風-』は若いときに経験し、やがて忘れてしまうかもしれない大切なことを記録した作品です。

もうひとつの未熟と思える部分は、技術的な部分です。『緑の歌-収集群風-』はわたしのはじめての漫画作品でした。はじめてだったからこそ、この作品を描くことができたと思っています。

5年後の自分はもっとうまく描けるようになるかもしれませんが、5年後には今回描いたものと同じものは描けないと思います。だからわたしは25歳の現時点で、この作品を皆さんに届けたいという気持ちが強いです。

苺のショート・ケーキ理論

――わたしも漫画を読みながら、甘酸っぱい気持ちを思い出しました。主人公の緑のセリフ、「わたしの『苺のショート・ケーキ理論』は、『小林緑』という名の歌」がとても印象的でした

高 妍さん:『緑の歌-収集群風-』のタイトルに含まれる「緑」は、『ノルウェイの森』に登場する小林緑という人物に由来するものです。この作品の前身である短編を2018年にZINEで出したとき、実は登場人物には名前を付けていませんでした。「緑」は、主人公の緑なのか、それとも小林緑なのか、あるいは両方を指しているのか、それは読者自身に決めてもらいたいと思っています。

※ZINEとは、個人が自由なテーマで作った冊子のこと

ホワイトノイズ

――「南峻はわたしにとってのホワイトノイズ。」というセリフへの思い入れについてお伺いしたいです

高 妍さん:ホワイトノイズについては、作品のなかで詳しく触れています。なんであれ安らぎを感じるものが、ホワイトノイズです。実は、漫画に出てくる南峻のバンド名も『ホワイトノイズ』にしています。

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佐藤あさえ

物語に登場する台湾の観光スポット

海辺のカフカ(海邊的卡夫卡)

――作品中には台湾に実在する漫画喫茶やライブハウスが出てきます。海辺のカフカというお店も出てきていますが、高 妍さんにとって特別な思い入れはありますか

高 妍さん:海辺のカフカはわたしが大学生のときから、台湾のインディーズバンド、Come On! Bay Bay!(來吧!焙焙!)のライブを見るためによく通っていました。はじめてみたライブも、このバンドです。海辺のカフカは、漫画のなかで重要な舞台として描きたいと思っていた場所でもあります。

――ご自身も思い入れがある場所だったんですね

高 妍さん:そうですね。

――作品中には海辺のカフカのレモンタルトが出てきますが、実際に食べられたことがおありですか

高 妍さん:もちろんあります。美味しいですよ。レモンタルトはとても大きくって食べ応えがあり、わたしのおすすめです!

海辺のカフカ(海邊的卡夫卡)

住  所:台灣台北市中正區羅斯福路三段244巷2號2樓

営業時間:12:00–21:00(ライブ開催日は要確認)

最寄り駅:台北MRT公館駅4番出口徒歩5分

Legacy台北(華山1914)

――作品中には緑と南峻が一緒にいったライブ会場、華山1914のLegacy台北が登場していますね。そこも思い入れのある場所でしょうか

高 妍さん:そうですね。細野晴臣さんはLegacyで実際にライブをされています。漫画の中でも、Legacyでのライブの様子を描きました。わたしもよくLegacyにライブをみにいくことがあります。台湾はライブハウスの数が多くないので、大体いったことがあります。

――高 妍さんはおひとりでライブにいかれることが多いでしょうか

高 妍さん:そうですね。なんかちょっと、友達がいない人みたいですが、ゆったりとみることができるので、ひとりでいくほうが多いですね(笑)。

――お気に入りのポジションはありますか

高 妍さん:好きなバンドがライブをするときは、開場前に到着して並んで待ちます。昔は最前列でライブをみていましたが、最近は仕事が忙しいので、ぎりぎりに到着することが多いです。そのため、後ろの方で立ってみることが増えました。

Legacy台北

住  所:台北市中正區八德路一段一號華山1914創意文化園區/中5A館

営業時間:ライブ開催日により異なる

最寄り駅:台北MRT忠孝新生駅1番出口徒歩5分

漫画喫茶 Mangasick

――台北にある漫画喫茶、Mangasickも作品に登場しています。思い入れやおすすめのポイントがあれば是非教えてください

高 妍さん:はじめてMangasickにいったとき、わたしは大学に入ったばかりで、まだZINEという形式で創作活動ができることを知りませんでした。「本を作るのにこういう形もあるんだ」とびっくりして、「自分も作りたい」と思うようになりました。

きっかけはMangasickなんです。それでもわたしが創作をはじめた2014年ごろの台湾では、ZINEという文化が浸透していなくて作る人はあまりいませんでした。

――高 妍さんの原点とも呼べる場所なんですね

高 妍さん:お店にある本や漫画は、台湾で探そうと思っても探せない貴重なものがいっぱいあります。主に日本の漫画を取り揃えてあって、とても面白いところです。Mangasickはわたしにとって、とても重要なところです。

Mangasick

住  所:台灣台北市中正區羅斯福路三段244巷10弄2號B1

営業時間:金土日月曜 14:00–21:00(※ 火水木曜定休)

最寄り駅:台北MRT公館駅4番出口徒歩5分

『緑の歌 -収集群風-』が単行本になるまで

完成まで2年

――単行本として発売されるまでに経た歩みについて教えてください

高 妍さん:最初は、台湾華語で描いた短編作品として、ZINEの形式で出版しました。それが信じられないことに海を超え人を通じて松本隆さんの手元に届き、とてもびっくりしました。言語は異なるものの気持ちは伝わり、松本さんは感想をTwitterに投稿してくださいました。その事実に、わたしはとても感動しました。

※作詞家として著名な松本隆さんは、ロックバンドはっぴいえんどの元ドラマー。「風をあつめて」の作詞を手掛けた

――32ページの短編から500ページを超える長編に描き上げた苦労について教えてください

高 妍さん:実は短編が完成した時点で、もっと長いものに描き直したいと考えていました。ただ、当時のわたしは力不足で32ページの短編として描くことが精一杯でした。

今回、単行本として出版された『緑の歌- 収集群風 -』は、当時のわたしが描きたかった作品なんです。

描き直して出版することができるなら、もっとたくさんの人たちに届けたい、そのために商業誌として描き上げたいと思いました。そんななか、『月刊コミックビーム』の清水さんからお誘いいただき、連載することになりました。

連載にあたってベースとなったのはわたしの19歳~23歳までの間の経験です。そのころ体験したことや思い出は、日記に書いていましたので、日記をみながら物語を構成しました。

そのときの自分はいったいどんな気持ちだったか、思い出すのがめちゃくちゃ大変でした。数ある思い出のなかには、二度と思い出したくないものもいっぱいあって。だからちょっと苦しかったですね。

連載をはじめる前には、1年間の準備期間があり、『月刊コミックビーム』での1年間の連載、合わせて2年かけて作り上げた作品なんです。この2年間毎日本当に大変でした。でも楽しかったです。

翻訳は2回

――1年間の準備期間には、具体的にどのようなことをされていましたか

高 妍さん:たとえば、脚本の構成と翻訳があります。わたしの描いた台湾華語版のものを翻訳者に訳してもらい、翻訳者と一緒に単語の細かい部分について相談して決めたりしました。漫画のネームを描く作業も本当に大変でした。

――奥付にある翻訳協力の竜崎亮さんとは、どのように翻訳をすすめましたか

高 妍さん:実は翻訳協力の竜崎さんも台湾在住でバンドをやっています。彼は音楽についての知識が豊かなので、翻訳をするうえでずいぶん助けられました。

Mangasickから出版された短編の『緑の歌』日本語版も、彼に翻訳してもらったものです。

――台湾華語から日本語に翻訳する作業は、本当に大変だと思います。たとえば、ルナが南峻にメッセージを送るシーンで敬語を使っていましたが、台湾華語には敬語はないはずです。緑の恥ずかしさや奥ゆかしさを出すために、敬語を付けたしたのではないかと思いました

高 妍さん:それはほんとに竜崎さんがすごいだけですよ(笑)。わたしのネームと脚本を読んで、すぐに綺麗な日本語に翻訳してくださるのでほんとにすごいです。作品の仕上げ段階では編集担当の清水さんとも相談しながら、最終的にセリフを決めていった感じです。

――セリフの翻訳で苦労したことはありますか

高 妍さんどんなに上手に翻訳された言葉でも、自分の気持ちを上手く伝えられない、表現することが難しい、細かな部分がどうしてもあります。だから別の方法、別のいい方で表す場合もありますが、それは悩ましく仕方がない部分も出てきます。でも実際に翻訳を終えて、今はとても気に入っています。

この2年間ずっと、日本語のセリフとモノローグをみながら作業していたわけですが、あるとき急に思い立って、台湾華語版をもういちど、最初から最後まで読んでみたんです。

読んでみるとなんかちょっと違うし、微妙な感じがして。

だから出版前にわたしはもういちど日本語をみながら、最初から最後まで台湾華語に訳してみました。実は、今の台湾華語版は2回翻訳されたものです。本当に細かい部分ですが、少しだけ違いがあります。ほぼ全部内容を再確認して、修正していきました。

漫画家と編集者の関係性

――高 妍さんが編集の清水さんとやり取りをされるとき、通訳の方がおられるのですか

清水さん:ご負担をおかけしてしまっているのですが、日本語でコミュニケーションを取ってもらっています。

高 妍さん:清水さんはわたしの下手な日本語でも理解してくれて、ありがたいです。

清水さん:高さんは日本語が本当にお上手なので、伝えたいことがよくわかります。

※今回の高 妍さんへのインタビューは、日本語のみで実施。

――清水さんは編集者として、台湾の作品を日本で発売するうえでどんな苦労がありましたか

清水さん:高さんにご負担をおかけしているんですけど、日本語でコミュニケーションを取っていただいているので、メールでの連絡も含めて、漫画制作に関してはまったく困ることはなかったです。

いちばん大変というか残念だったのは、コロナの関係もあっていちども直接会わないまま連載がはじまり、単行本が出版されたことです。直接会って気軽に会話ができれば、それはそれで違う楽しさがあると思っています。

その部分については、次の作品でやっていきたいです。困っていた部分ではないですが、本が完成したときに、喜びを直接分かち合うことができなかったのが残念でした。わたしにとっても高さんにとっても、お互い離れたところにいながらの制作は大変だったと思います。

――直接喜びを分かち合えないことを残念に思うほど、漫画家と編集者の間には絆が生まれるんですね

清水さん:直接お会いしてお話できない分、電話やLINEなどの方法でたくさんお話をしました。日本の漫画雑誌では、ひとつの雑誌でときに20人以上の漫画家さんが様々な漫画作品を連載しています。

漫画家の皆さんが自分の漫画以外の作品も読んだり、ほかの漫画家さんと知り合ったりしながら制作をおこないます。漫画を描くのはすごく大変で、作業中は孤独だと思うんです。それで同じ境遇にある漫画家さん同士、また漫画家さんと編集部間の繋がりがあると、心強く感じる瞬間もあるのではないかと思っています。

日本で漫画を描くと、漫画家さん同士の繋がりが出てくると思うんですけど、高さんは地理的に離れているのでそういうのがなくって。台湾から日本の漫画誌で連載するということを含めて、高さんにとってチャレンジングで大変だったと思います。

これから高さんが東京にお越しになるタイミングもあるので、そのときに色んな人を紹介しながら、新しい作品を作っていけたら楽しいかなと思っているところです。

遠く離れていても繋がっている

――高 妍さんは漫画を描くとき、何を使われているんですか

高 妍さん:パソコンで全部描いています。デジタルです。わたしは小学6年生くらいから、パソコンを使って絵を描いていました。今はMacを使っています。

――細かい部分もパソコンで描かれていたんですね

高 妍さん:わたしはパソコンを使ってデジタルで漫画を制作していますが、アナログでの制作にも憧れを持っています。わたしはデジタル時代に生まれたデジタル人間なので(笑)

――漫画の制作上、日本と台湾の違いなどで困った部分はありますか

高 妍さん:わたしは特にないです。日本の漫画雑誌で台湾の作品を連載する形だったので、日本の読者向けに作品を作り変えたりはしませんでした。本当に自分が描きたい作品を作っていく感じです。

清水さん:漫画の制作上で、日本と台湾間の違いで困った部分はないです。日本では原稿用紙にアナログで描く方もいらっしゃいますし、iPadやパソコンのツールを使ってデジタルで描く方もいます。執筆の過程は、漫画家さんそれぞれ違うんです。

最終的に出来上がった作品を画像データ化する方法は基本統一されていて、同じような形でファイルを作ってもらっています。そこに関しては全く問題ないです。むしろ、高さんがデジタル世代且つデジタルで漫画を描く技術があるからこそ、距離が離れていても問題なくすすめられました。漫画の技法が多様化したおかげで、できていることだと思っています。

――『緑の歌- 収集群風 -』はまさにデジタルの時代だからこそ、できた作品なんですね

清水さん:そうですね。もっと前だったら漫画家さんが描いた原稿を取りに伺う、原稿を送るという作業で数日かかったりしていましたので、むしろデジタル作業だったからこそ、スムーズに制作がおこなえたと感じています。

『風をあつめて』心境によって違う音を運んでくる

――『緑の歌- 収集群風 -』に出てくる『風をあつめて』に受けた影響について教えてください

高 妍さん:はじめて『風をあつめて』を聴いたのは、わたしがまだ高校生のときでした。わたしは浅野いにおさんの『うみべの女の子』という漫画を読んで、曲名を知りました。そこでYouTubeで『風をあつめて』を聴いてみたんです。高校生のころのわたしは音楽が好きでハマっていたわけではなく、単純に台湾で流行っている歌手やバンドの曲をちょこちょこ聴いていたくらいでした。

そのころは、まだ理解できない日本語の歌詞もありました。実ははじめて『風をあつめて』を聴いたとき、良い曲だなとは思いましたが、すぐにハマったわけではなく、曲について深く調べようとはしなかったんです。

その後わたしは、主人公の緑と同じように大学に入ってスランプに陥っていたときに、インディーズバンドに出会いました。音楽をもういちど好きになって、そして偶然にもういちど、『風をあつめて』を聴きました。

そのときの心境は、高校時代に『風をあつめて』を聴いていた自分とはだいぶ違っていたかもしれないです。なぜか曲から懐かしさや、当時とは違う音が聞こえてきて。同じ曲のはずなのに、なんでそんなに大きな変化があるんだろうと不思議に思いつつ、『風をあつめて』をリリースした、はっぴいえんどにハマっていきました。

細野晴臣さんとの出会いも、物語とまるっきり一緒でした。新宿のディスクユニオンで、偶然に流れてきた細野晴臣さんの音楽と出会って好きになったんです。

――わたしも実際に『風をあつめて』を聴きながら、読ませていただきましたYouTubeで曲を聴きましたが、漫画の世界観とぴったりで深く作品に入ることができました

高 妍さん:とてもうれしいです!読者の方が『風をあつめて』を聴きながら、わたしの漫画を読んでくれたら、それはわたしにとってめちゃくちゃ幸せなことですね。是非音楽を聴きながら読んで欲しいなと思っています。

――高 妍さんが実際に細野晴臣50周年記念コンサートにいかれたときも、主人公の緑と同じような感覚でしたか

高 妍さん:最終話は、2019年にわたしが細野さんの50周年記念コンサートをみにいったときの経験と、当時の心境をそのまま描いたものです。そのときは、本当にキラキラとした細野さんをみていて、「彼がわたしのことをみていなくてもいい、わたしが彼をみているだけで幸せなのだ」と思いました。

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ゲシュタルト乙女

村上春樹さんの作品の登場人物が好きになる

――『海辺のカフカ』や『ノルウェイの森』など、作品に色濃く反映されている村上春樹さんの作品から受けた影響について教えてください

高 妍さん:わたしが村上春樹さんの作品に出会ったのは、漫画の内容と同じように海辺のカフカというライブハウスで、『ノルウェイの森』を読んでいた友達がその本をすすめてくれたことがきっかけです。わたしも村上春樹さんの本を読みはじめ、愛読者になりました。

――高 妍さんは、村上春樹さんの作品を台湾華語で読まれていましたか

高 妍さん:台湾版を読んでいました。

※村上春樹、東野圭吾など日本の著名な作家の作品は、台湾でも翻訳されており根強い人気がある。

――村上春樹さんの作品で、特にお気に入りのものはありますか

高 妍さん:物語はもちろんとても素晴らしいです。でも、物語よりわたしが好きなのは登場人物です。村上さんの作品でいちばん好きなのは小林緑なので、小林緑が出てくる『ノルウェイの森』がいちばん好きな本です。

――なるほど。主人公の名前をどうして緑にしたのか理由がわかりました

高 妍さん:実はわたしは、登場人物の名前を付けるのが苦手なんです。短編漫画を描くときは、できるだけ名前を付けたくないんです。でも長編漫画だと、名前は必ず必要になってきます。特別な名前を考えて付けるより、元々存在しているフィクション上の人物と同じ名前の方がいいかなと思っています。そこで、小林緑の「小」を抜いて、林 緑という名前にしました。

――ちなみに猫のピーターも同じように名前を付けられたんですか

高 妍さん:村上春樹さんが、以前経営していたジャズ喫茶の名前にも「ピーター」が入っていたので、そこから名付けました。

※村上春樹さんはかつて「ピーター・キャット」というジャズ喫茶を経営していた

メジャーよりもインディーズバンドが好き

――制作中に息抜きとしてされていたことはありますか

高 妍さん:正直にいうとこの2年間は、漫画を細かく描き込んでいたのでほぼ休んでいないんです。食べ物だと甘いものよりは、甘くて酸っぱいものが好きです。作品にも出てくるレモンタルトも好きです(笑)。これから色々と落ち着いたら、自分へのご褒美としていっぱい遊びたいし、美味しいものもいっぱい食べたいと思っています。

――作品中には日本の小説、映画、バンドなどの記述がたくさん出てきますが、普段から日本の書籍をご覧になることが多いですか

高 妍さん:実は昔から台湾の本や小説より、日本の本と小説を読むことが多かったです。好きなジャンルも様々で、たくさんの書籍を読んでいました。音楽は台湾、日本ともにメジャーよりもインディーズバンドの方が好きですね。

装丁やデザインは自分らしさを大事に

――『緑の歌 -収集群風-』の装丁を担当したときのエピソードを教えてください

高 妍さん:デザイナーではないわたしが、自分の作品のカバーデザインをすることには少し恥ずかしさがあります。普段から小説や本の表紙を描く仕事はさせていただいているので、自分のはじめての単行本を制作するにあたり、どうしても心惹かれるカバーイラストを描きたいと思っていました。

色々と考えたり悩んだりして、目に留まりやすい絵よりも、自分にとって心地よくシンプルな絵の方が良いと思い、デザインを決めました。花をはじめ植物などの自然のものが好きで、普段からよく描いていますので、

今回の作品では、わたしの生まれ育った町でよく見かける「ツツジ」という花を描くことにしました。それこそ、わたしにとっていちばん自分らしいと思って、可愛らしいイラストに仕上げています。

――村上春樹さんと松本隆さんに、推薦文(帯)を書いてもらったいきさつについて教えてください

高 妍さん:先ほど話したように2年の制作期間がありました。ちょっと恥ずかしいのですが、制作前の段階で、どうしてわたしがこの作品を描きたいのかということをしたためた企画書を日本語で書いて、清水さんに送ったことがあるんです。

その企画書には単行本という形式で発刊してほしい、もし発刊できるなら是非村上春樹さんと松本隆さんに帯の推薦文を書いていただきたいと書きました。企画書にそう書いたものの、それが実現するのはなかなか難しいことだとわたしは思っていましたので、漫画制作が進む間は、そのことを強く意識しないようにしていました。

それが実際におふたりに作品を読んでいただいて帯に素敵な文章を寄せてくださいました。本当に夢みたいな出来事でした。

『緑の歌 -収集群風-』重版決定

1973年の細野晴臣の1stソロアルバム『HOSONO HOUSE』の発売日と同じ、5月25日に発売された『緑の歌 -収集群風-』は、発売から1週間で重版が決定しました。

日本版、台湾版ともに重版されるのは本当にすごいですね。

高 妍さん自身が、Twitterで重版の喜びをツイートされています。

わたしも『緑の歌 -収集群風-』を読みましたが、1度だけではなく何度も見返したくなります。

読むと学生時代の繊細な感情が呼び起され、どこかあきらめを持った自分の気持ちを奮い立たされるかのようです。

繊細な思いを抱く緑、夢をかなえるために奮闘する南峻の姿が愛おしく感じます。

漫画としてだけでなく、台湾ガイドブックとしても重宝したいです。

今回、お忙しい日程を調整してインタビューに応じてくださった高 妍さん、お時間を取ってくださった編集の清水さんをはじめ、ご協力くださったKADOKAWAのみなさまに感謝申し上げます。そして、インタビュワーを務めてくださった佐藤あさえさんにもお礼申し上げます。

本のあとがきのようになってしまってすみません。少し憧れがありました。

高 妍さんが綴られた『緑の歌 -収集群風-』のあとがきが素晴らしかったので、作品を読み終えたら是非そちらもご覧ください。

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